1.全般的コメント
ICRPは今回の勧告案を策定する前に、以下のような事実を踏まえ、ICRP勧告が、東電福島第一原発事故後人々の防護に役立ったかについての検証を行うべきである。
1-1. 日本政府は、2011年4月、学校の利用基準として年20mSvを採用した。政府はICRPの勧告のうち「現存被ばく状況1〜20mSvを採用」としたが、多くの父母や市民たちは怒り、その撤回を求めた。その理由は、「子どもに対して、ICRPが勧告している一般の公衆限度の20倍、日本の法令で定められる放射線管理区域の基準の4倍もの被ばくを強いることは受け入れられない」というものであった。para B8の記述は正確ではない。
1-2. 同じく2011年4月、日本政府は年20mSvを基準として計画的避難区域を設定した。しかし、避難区域の外側にも同様の汚染が広がり、少なからぬ人たちが賠償のあてもなく、避難を決断した。彼らは社会的にも認知されず、経済的な困窮、社会的な孤立にさらされた。チェルノブイリ法において年1〜5mSvの区域は移住の権利が認められた(年5mSv以上は義務的移住の区域)ことから、日本においても同様に年1mSv以上の区域からの住民に対しても賠償や支援を認めるべきという「避難の権利運動」が起こった。2011年12月中間指針追補で、ようやく自主的避難等対象区域が定められたが、避難費用を賄える額ではなかった。現在に至るまで避難者の困窮は続き、被ばくを避けるため、選択をする権利が奪われた。ANNEX Bには、こうした状況についての記載はない。
1-3. 日本政府は、避難指示解除の要件として、�’�間20mSvを下回ることが確実であること、�▲ぅ鵐侫蕕覆匹良�旧、�8�、市町村、住民との十分な協議−−をあげた。ICRP pub.111では、参考レベルを年1〜20mSvの範囲の下方から選択し、代表的な値は1mSvであるとしたが、結局、参考レベルは採用されなかった。避難指示で用いられた年20mSvの基準は避難指示解除でもそのまま用いられ、形骸化した。決定にあたって日本政府のいう「十分な協議」はなされなかった。避難解除に関する説明会は開催されたが、多くの住民が「解除は時期尚早」と反対しても、こうした意思は政策決定に反映されなかった。para B30に “Based on this policy, consultations and adjustments were made with Fukushima Prefecture and relevant municipalities as well as residents.”とあるが、住民に対してはなされたのは協議ではなく、重要な政策決定がなされたあとの「説明」でしかなかった。
1-4. 2012年6月、「原発事故子ども・被災者支援法」が制定された。この法律では、人々の在留・避難・帰還を「選択する権利」の尊重をうたい、いずれの場合も国が適切な支援を行うとした。いままでの政府指示より広い「一定の線量」以上の地域を「支援対象地域」として 指定するとしたが、結局、この「一定の線量」は決められることはなかった。当事者や市民団体は、少なくとも年1mSv以上の地域をカバーすべきと主張した。しかし、これらの声はききいれられなかった。ANNEX Bには、「子ども・被災者支援法」に関する記載は一切ない。
1-5. 上記の事実をみれば、ICRPの現行の勧告(今回updateの対象とされているPub.109および111)は、残念ながら、人々を放射線被ばくから守ることができず、また人々の選択する権利を保証することもできなかった。これらを踏まえ以下にコメントする。
1-5-1. 人々が被ばく防護に関する政策決定に参加する権利、被ばくを避ける権利を保証すべきである
日本政府はICRP勧告を恣意的、部分的に運用し、ICRPの現存被ばく時の参考レベル(年1-20mSvの下方から選択、代表的な値は1mSv)は採
用しなかった。ICRP勧告が強調する「ステークホルダーの関与」は、避難区域設定、再編、解除、子ども・被災者支援法基本方針策定など、
重要な政策の決定の際には行われなかったし、反対意見を述べても無視された。
1-5-2. 緊急時・回復期においても、被ばくの基準の引き上げを容認すべきではない
緊急時、回復期で、平常時よりはるかに高いレベルの「参考レベル」を設定することには疑問がある。平常時と同じ基準(ICRPの勧告では、
公衆の被ばく限度を年1mSvとしている)をとりつつ、高い被ばくを受けている人々から優先して対策をとることは両立しうるはずである。
多くの市民にとって、原発事故後の緊急時、回復期に、平常時で公衆の被ばく限度としている年1mSvよりはるかに高い基準を採用し、子ども
や妊婦も含む一般人に許容することは受け入れがたい。
1-5-3. 「参考レベル」の概念を見直すべきである。
「参考レベル」は、基準ではなく、線量限度ではない。「参考レベル」以上被ばくをしている人たちが一定数いることを前提としたものであ
る。これは規制の考え方になじまず、日本では結局採用されなかった。時間的な制約を設けない限り、当局が高どまりした参考レベルを使用し
続けることを許すことになる。ICRPは参考レベルを超える人たちから優先的に対策をとるという考え方をとっているが、線量限度を設けた上、
空間線量率や土壌汚染レベルを指標とした土地利用制限などのゾーニングを行うことの方が実際的である。
また、緊急時においては、初期・中期の双方において、年100mSvまでの「参考レベル」を採用することを勧告しているが、これは、事故対応
者にも住民にも、年100mSvの被ばくを許容することになる。いかに緊急時であろうとも、これはあまりに高い基準であり、非人道的である。
1-5-4. 政府や原子力事業者の賠償や支援などの責任について盛り込むべきである。
人々の避難、帰還、居住などの選択は、賠償や支援があってはじめて可能となるものである。日本における現在の避難者の困窮は賠償や支援政
策の不備がもたらしたものである。
1-5-5. 「最適化」の概念について
被ばく防護の政策決定に当たって、政府や原子力事業者が社会・経済に与える影響など他の要因を考慮するのは当たり前であり、ICRP として
わざわざ「最適化」を強調する必要はない。政府や原子力事業者は、避難による社会的・経済的影響をおそれ、避難指示を最小限に抑え、また
帰還を促す傾向にあり、結果的に、個人の放射線防護よりも、他の要因の方が優先される傾向が強い。「確率的」「晩発性」という低線量被ば
くの特性を考えたとき、仮に住民が被ばくに起因するかもしれない健康影響を受けたとしても、それを証明することは難しい。ICRP は、そうし
た住民を守ることを優先し、一義的には被ばく防護について勧告すべきである。
2. 文書作成プロセスに関するコメント
2-1. 原発事故により影響をうけた多くの人たちが参加し、意見をいえるように、勧告全文の日本語版を作成すべきである
2-2. パブコメの期限を延長し、福島県、周辺県、東京などにおいて、公聴会を実施すべきである。
3. 個別のコメントおよび疑問
3-1. 回復期の参考レベルとして、「年1〜20mSvのの範囲かそれ以下。一般的に10mSvを超える必要がないだろう」としているが、不明確でわ
かりづらい。原則1mSvと勧告すべきである。(Main Pointsの4点目、para 80など)
3-2. 回復期の参考レベルに関して、publication 111の「代表的な値は年 1mSvである」という表現は残すべきである。
“with the objective to reduce exposure progressively to levels on the order of 1 mSv per year.” は非常に紛らわしい表現であり、下線部は削除すべきである。
(Main Pointsの4点目、para 80など)
3-3. 緊急時・回復期に関しての時間的上限を設けるべきである。
para 77で、緊急時に採用された参考レベルについては、「一般的に1年間を超えるべきではない」としているが、最大100mSvもの参考レベル
を1年間継続することは適切ではない。また回復期に関しては、時間的目安を設けていないことは、高い基準値を長期間運用することを
容認ることになる。
3-4. para 20 para 21 ----低線量被ばくに関して、最近の論文がほとんど参照されていない。たとえば、主要なものとしては以下があげられる。
�� “Studies of the Mortality of Atomic Bomb Survivors, Report 14, 1950-2003” (Ozasa et al., 2012),
�� “Solid cancer incidence and low-dose rate radiation exposures in the Techa River cohort: 1956-2002” (area affected by an explosion at the Mayak Reprocessing Plant) (Krestinina et al., 2007),
�� “The 15-Country Collaborative Study of Cancer Risk among Radiation Workers in the Nuclear Industry: Estimates of Radiation-Related Cancer Risks” (Cardis et al., 2007),
�� a German survey finding significant increases in childhood leukaemias near nuclear power plants (Kendall et al., 2012),
�� “Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of leukaemia and brain tumours: a retrospective cohort study” (Pearce et al., 2012), and a large-scale epidemiological survey in Australia confirming increased cancer in children following exposure to radiation from CT scans (about 5 millisieverts) (Mathews et al., 2013).
3-5. para 20 ---閾値がないことが「仮定される」としているが、「閾値なしの線形モデル」の採用を明記すべきである。
3-6. para 41 ---糖尿病、循環器疾患などについて「被災集団の曝露レベルを考慮すると、これらの障害は、放射線による直接的な健康影響とは考えられ
ず、事故による生活様式の変化と関連している」としているが、その根拠は何か。それを断言するのは時期尚早ではないか。
3-7. para 106 ---ボランティア活動を行う市民を、緊急時の対応者に含めてしまってよいのか疑問がある。
3-8. ANNEX Bで参照している文献が偏っている。国会事故調査報告書も、十分参照されていないようにみえる。避難政策や被ばく防護に関して日本
政府の方針に対して批判的なレポート、文献、各種報道、被害者の声やその置かれた状況に関する資料についても参照すべきである。
以上