最新ICRP勧告案について
松崎道幸
今回のICRP勧告案には4つのポイントがあります:
しかも、原発事故の汚染地域住民にLSSデータを適用する際に、被ばく量が同じ場合、少しずつ長年被ばくすると、一度にたくさん被ばくした場合よりも健康被害が半分となるという「線量率効果」という理論を持ち出して、がんリスクを5割引きとしたのです。この「線量率効果」という理論が誤りであるというデータが最近次々と報告されています。
さて、政府や東電は前に述べた問題点の多いLSSデータを根拠にして「国際的な合意では、放射線による発がんのリスクは、100ミリシーベルト以下の被ばく線量では、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため、放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しいとされている」と言い続けています。
しかし、最近10年間に、大人なら10mSv、子どもなら1mSvの被ばくでも、がんのリスクが増加することを証明した研究が次々と発表されています。
100mSv以下の放射線被ばくでがんリスクが有意に増加することを明らかにした論文を下表に示します。
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国(報告年) |
対象 |
被ばく源 |
被ばく量 |
がんリスク(統計学的評価) |
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�� カナダ(2011) |
成人 |
医療被ばく |
10mSv |
がん死3%増加(有意) |
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�� イタリア(2015) |
成人 |
医療被ばく |
10mSv |
がん死4%増加(有意) 発がん8%増加(有意) |
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�� 中国(2015) |
成人 |
職業被ばく |
10mSv |
乳がん+食道がん28%増加(有意) |
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�� イギリス(2012) |
小児 |
医療被ばく |
51.13mSv 60.42mSv |
白血病3.18倍(有意) 脳腫瘍2.82倍(有意) |
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�� イギリス(2012) |
小児 |
自然放射線被ばく |
1mSv |
白血病12%増加(有意) |
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�� オーストラリア(2013) |
小児 |
医療被ばく |
10mSv |
小児がん44%増加(有意) |
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�� 台湾(2014) |
小児 |
医療被ばく |
1mSv |
小児がん13%増加(有意) 脳腫瘍82.5%増加(有意) |
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�� スイス(2015) |
小児 |
自然放射線被ばく |
1mSv |
小児がん3%増加(有意) 白血病4%増加(有意) 脳腫瘍4%増加(有意) |
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�� フィンランド(2016) |
小児 |
自然放射線被ばく |
1mSv |
白血病27%増加(有意) |
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�� メタ解析(2017) |
小児 |
医療・原爆被ばく |
0〜30mSv |
甲状腺がん閾値線量 |
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�� カナダ(2018) |
成人 |
医療被ばく |
10mSv |
発がん10%増加(有意) |
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�� イギリス(2018) |
成人 |
職業被ばく |
10mSv |
がん死1.42%増加(有意) |
【上記文研出典】
成人を対象としたデータに基づいて、30%ががん死する集団が30mSv被ばくした場合に、超過被ばくで100人中何人がさらに発がんあるいはがん死するかを計算すると、下図のようになります。なぜ「30mSv」で計算したかというと、震災後福島の線量の多い地域に居住を続けた場合の控えめに見積もった「生涯追加被ばく線量」が30mSvだからです。100mSv被ばくの場合は犠牲者数がほぼ3倍となります。念のため申し添えておきますが、この試算はそれぞれの論文の調査結果を当てはめるとこうなるということであり、あくまでも様々な仮定のもとでの数字ですから、確定的なものではありません。しかし、最も少ない推定値の100人中0.6人のケースでも、100mSv被ばくシナリオでは、100人中2人、つまり50人に1人が被ばくによるがん死となります。これは決して無視できない数字ではないでしょうか。
(2)原発事故が起きても、あわてて逃げる必要はない論
ICRP勧告案には「各々の時期において住民保護の最適化を実現するためには、放射線被ばく量だけでなく、それ以外の社会的、経済的、環境的要因をすべて考慮することが、緊急対応期における被害を緩和し、復興期における生活環境の改善を図るために不可欠である。」と述べられています。これは、福島事故後に発表された論文に基づく記述と思われます。その論文では、医療介護施設の入所者を避難させた結果死亡者が増えたことに関して、「ICRPは、被ばく量が100mSvになりそうなら、放射線防護対策は必須となるだろうが、避難した場合のリスクは100mSvの被ばくよりも大きくなると勧告していることに留意されたいと述べている」と書かれています。
【引用・参考文献】
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26359666 (介護施設)
Note, however, the ICRP [1] recommendation that a rise in dose towards 100 mSv will almost always justify protective measures and that evacuation-related risks are higher than the risks from exposure to radiation at 100 mSv.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30056383 (病院)
しかし、これは結果論に過ぎません。原発事故の場合、次に何が起きるか予測不可能です。現地にとどまっても、さらに大規模な放射能放出あるいは破滅的事態が起きるおそれがあります。汚染地域に留まる入院施設・介護施設の入院入所者をサポートするためには、電力、水道、食糧・医薬品供給をはじめとしたライフラインの確保のためのスタッフの現地滞在が必要となります。そうなると、医療介護従事者だけでなく、官公庁、民間事業者をはじめ地域機能のすべてを担う人々も避難せず、その場にとどまらなければなりません。つまり、一般住民も「安易に」避難するのはいかがなものかとなります。空襲が来ても、疎開しないで、火を消せ、バケツで水をかけろという大日本帝国の空襲対策をほうふつさせます。
(3)原発作業員のようにガラスバッジを持って生活しなさい論
核施設作業員の被ばく量はガラスバッジで測ります。一方、一般住民の被ばく量はある一定の地域を代表する地点の地上50�僂�ら1メートルの空間の線量をもとにして計算されてきました。その地域の住民がすべて、1日8時間は屋外に、16時間は住宅内にいると仮定して計算します。(★★★参照)
ガラスバッジで測るのが「個人線量」、空間の線量に基づいて算出するのが「空間線量」です。今回の大震災後に、福島のいくつかの自治体で住民にガラスバッジを持たせて「個人線量」を測る調査が行われました。その結果、「個人線量(ガラスバッジ線量)」が「空間線量」の半分から10分の1だったという結果が多数報告されました。このような調査結果も根拠にしたと思われますが、今回のICRP勧告には「線量レベルは、そのような地域の住民の実際の被ばく線量分布を考慮する」という表現が入りました。「実際の被ばく線量分布」とは一人ひとりのガラスバッジ線量の分布のことです。「空間線量」よりもガラスバッジによる「個人線量」がずっと低く出たので、汚染地域への帰還を促進できるということで、このような表現となったと思われます。
しかし、ガラスバッジによる「個人線量」測定には3つの大問題があります。
第一にガラスバッジでは線量が低く見積もられます。ガラスバッジは前方からの放射線を測るためのものなので、個人が受けるすべての放射線には対応していないからです。
第二に、個人線量調査で線量がとても低く出たということですが、調査に参加した方々のコンプライアンス(24時間肌身離さず携帯していたかなど)の度合いが確かめられていません。
第三に、ガラスバッジによって被ばくコントロールを行う場合、放射線作業従事者の過剰な医療被ばくは雇用者の責任ですが、一般住民の場合、過剰に被ばくした場合はすべて個人責任とされます。国と東電は免責されます。これは、勧告案の中に、「現実的放射線防護カルチャー」「住民のライフスタイルこそが、被ばくを低減するカギとなる」という表現で示されています。つまり、「国はちゃんと必要な除染はしていますから、あなたの被ばく量が高くなったのは、線量の高いところに行ったあなたの自己責任です」ということになるのです。
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★★★ 国(環境省)が示している毎時0.23マイクロシーベルト(μSv)の算出根拠について(更新日:2018年2月9日) 環境省では、放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域の指定や、除染実施計画を策定する地域の要件を、毎時0.23マイクロシーベル ト(μSv)以上の地域であることとしました(測定位置は地上50cm〜1m)。この数値は、追加被ばく線量年間1ミリシーベルト(mSv)を、一時間あたりの放射線量に換算し、自然放射線量分を加えて算出されています。 (詳しい計算は※の通り) これは、放射性物質が面的に存在し、一年を同じような放射線量の場所で過ごすことを想定した地域の面的な汚染を判断していくための要件です。局所的に限定された地点での汚染については、滞在時間が短いと考えられるため、必ずしも、この要件が適用されるものではありません。 ※線量の換算について 追加被ばく線量年間1ミリシーベルト(mSv)を、一時間当たりに換算すると、毎時0.19マイクロシーベルト(μSv)と考えられます。(1日のうち屋外に8時間、屋内(遮へい効果(0.4 倍)のある木造家屋)に16 時間滞在するという生活パターンを仮定) 毎時0.19マイクロシーベルト(μSv) × (8時間 + 0.4 × 16 時間) × 365 日= 年間1ミリシーベルト(mSv) 測定器で測定される放射線には、事故由来の放射性物質による放射線に加え、大地からの放射線(毎時0.04マイクロシーベルト(μSv))が含まれます。このため、測定器による測定値としては、 0.19 (事故由来分)+0.04 (自然放射線分)=毎時0.23マイクロシーベルト(μSv) である場合、年間の追加被ばく線量が1ミリシーベルト(mSv)になります。 http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/policy_others/radiation/view/men.html |
(4) 事故直後、100mSv、復興期、年10mSvまで被ばく可とする論
今回の勧告の結論のキモは一般住民の被ばく許容線量を、事故直後は100mSv、「復興期」なら年10mSvまでオーケーとしたことです。
「復興期recovery process」とは、損壊核施設が「アンダーコントロール」となった時期で、汚染地域について避難あるいは帰還に関する一定の方針が政府から出された時期以降を指すようです。
さて、事故直後100mSv、その後年10mSvまでの被ばくを認めることについて、どう考えるべきでしょうか?
原発が「社会に不可欠だがリスクもある」ものであれば、原発事故後の放射性物質汚染地域の線量基準を決める意味があります。つまり人類のエネルギー源として原発が必要不可欠となれば、エネルギー供給と放射線被ばくのリスク・ベネフィットを検討する必要があるでしょう。しかし、今や、人類の生存にとって、原発は不要どころか大きな脅威となっており、このような施設が起こした事故で放射線量が高くなった地域に住み続けなさい、もどりなさいと政府が言うことは非常識です。国は受動喫煙が100mSv以下の低線量被ばくと同じリスクだと説明していますが、この論法でいけば、低線量被ばくによる死亡者が受動喫煙による死亡者数=毎年1万5千人までなら、社会に許容されるリスクであるということになります。受動喫煙死労災死、交通事故死、他殺事件などはすべてあってはならない死亡であり、それらの犠牲者数以内なら原発事故による死亡は社会的に許されるなどという考えは間違っています。
今回のICRPの「勧告」は、あれこれのもっともらしい表現を用いた科学的な装いで線量基準の提案を行っていますが、社会的に有害無益な原発が起こした事故による放射線被ばくで死亡するリスクはゼロでなければ容認できないという立場で考えることが必要だと思います。
以上